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広島高等裁判所 昭和44年(う)47号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載(但し控訴趣意第三点は量刑不当の主張)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

論旨第一点について、

所論は、要するに、原判決が原判示竹原正子の負傷を全治約一〇日間を要した左膝蓋部打撲症等の傷害と認定したのは、採証法則に違反する、証拠によらない事実認定であり、事実の誤認であるというのである。

そこで、記録を調査し、検討するに、原判決が証拠として引用している医師手山彰作成の診断書には、「左上膊、左膝蓋部、左下腿打撲症(全治五日間)あり」との記載があることは所論のとおりであるが、同じく証拠として引用している証人竹原正子の原審公判廷における供述中には「手足に打撲を受け、足のすねの内出血のあとは一〇日位消えなかつた」旨の供述部分があるのであるから、右各証拠を総合して竹原正子の負傷を全治約一〇日間を要した左膝蓋部打撲症等の傷害と認定した原判決にはなんら所論のような違法はなく、なお、記録を精査検討するも、右認定に誤りがあることを疑うに足りる証拠は存しない。論旨は理由がない。

論旨第二点について

(一)所論は、原判示竹原正子の負傷はなんらの医療処置も施さないで全治しており、この程度の傷害は生理上、医学上は傷害ということができても、刑法にいわゆる傷害とはいえないのに、被告人らにおいて原判示強姦の際の暴行により右竹原正子に対し原判示の傷害を負わせたとして、被告人らの右所為を刑法一八一条の強姦致傷罪に問擬した原判決は、法律の解釈、適用を誤り、ひいては、事実を誤認したものであるというのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査するに、竹原正子の負傷が、なんらの医療処置も受けないで、全治したことは所論のとおりである。しかし、たとえ軽微な傷でも、人の健康状態に不良の変更を加えたものである以上、刑法にいわゆる傷害と認むべきであるから、原判決が、被告人らにおいて、原判示強姦の際の暴行により竹原正子に負わせた原判示の傷を、傷害と認め、被告人らの所為を刑法一八一条の強姦致傷罪に問擬したのは正当であり、原判決には所論のような法律の解釈、適用の誤りも、事実誤認の違法も存しない。論旨は理由がない。

(二)所論は、かりに右竹原正子の負傷が刑法にいわゆる傷害にあたるとしても、被告人らが、共謀の上、強姦に着手した時点は、被告人らにおいて、右竹原正子を原判示ダンプカーに乗せ、原判示佐波川の護岸工事現場に連行したとき以後であるから、右ダンプカーに乗車する際の負傷である同女の原判示傷害は被告人らの強姦行為着手前のものであることが明らかであり、被告人らの本件所為は傷害罪と強姦罪の併合罪として認定処断すべきものであつて、これを強姦致傷罪に問擬した原判決は事実を誤認し、また法律の適用を誤つたものであるというのである。しかし、原判決の挙示する各証拠を総合すれば、原判決も認定するように、被告人は、原判示の赤間交差点西側の空地にダンプカーを停め、下車した共犯者の山田を待つていた際、同人が附近を通行中の原判示竹原正子を背後から抱きかかえるようにしてダンプカーの助手席のドアーの側まで連行して来たのを認め、同人が同女を強いて姦淫する意思を有することを察知し、山田がそのつもりならやむをえない、自分も同女を強姦しようと考え、ここに同人と同女強姦の意思を相通じたうえ、必死に抵抗する同女を同人とともにダンプカーの運転席に引きずり込んで、同所から原判示佐波川の護岸工事現場まで走行して停車したうえ、同所において、山田、被告人の順に原判示のようなダンプカーの運転席で同女を強姦したこと、及び同女をダンプカーの運転席に引きずり込む際、同女に原判示の傷害を負わせたことが認められる。記録を精査するも、右認定を左右するに足りる証拠は存しない。以上の認定から明らかなように、被告人らが共謀のうえ、本件強姦行為に着手した時点は、竹原正子を、ダンプカーの運転席に引きずり込もうとした時であり、また、その際、同女に原判示の傷害を負わせたものである以上、右傷害は被告人らが強姦行為に着手した以後に生じたものというべきであるから、原判決が被告人らの本件所為を強姦致傷罪に問擬したのは正当であつて、原判決には所論のような事実誤認の違法も、法律適用の誤りも存しない。論旨は理由がない。

論旨第四点について

所論は、要するに、本件強姦致傷罪の成否を決するうえに重要な点である強姦着手の時点を決するには、原判示の赤間交差点附近の道路及び人家の状況を実地に検分することが必要であり、弁護人の右現場の検証の申請を却下した原審の措置には審理不尽の違法があるというのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査するに、原審が弁護人の右現場検証の申請を却下したことは所論のとおりである。しかし、裁判所は、当事者から証拠調の請求があつた場合、すでに取調べた証拠により、その必要がないと判断するときは、その請求を却下することができることはいうまでもないところである。これを本件の場合についてみると、原審において取調べた証拠、殊に司法警察員作成の実況見分調書により所論の道路及び人家の状況は十分これを認めることができるから、弁護人の現場検証の申請をその必要がないとして却下した原審の措置は相当であつて、原判決には所論のような審理不尽の違法は存しない。論旨は理由がない。

論旨第三点について、

所論は、要するに、原判決の量刑不当を主張し、被告人に対し刑の執行を猶予すべきであるというのである。

そこで記録を調査し、当審における事実取調の結果を参酌し検討するに、本件は、被告人ら両名において、共謀のうえ、逃れようとして必死に抵抗する本件被害者竹原正子を無理矢理にダンプカーの運転席に引きずり込んで乗車させ、原判示佐波川の護岸工事現場まで連行し、その間車中で何回も帰らしてくれと懇願する同女に「かつとなつたら何をするか分らない」と申し向けて脅迫したりなどしたうえ、山田、被告人の順にダンプカーの車内で同女を強姦したいわゆる輪姦事件であり、その罪質、態様は極めて悪質というべく、その他本件犯行によつて被害者の受けた精神的衝撃、共犯者の山田も、少年院に送致されていることを等記録によつて認められる各般の情状をあわせ考えると、被告人の罪責は重く、軽視し得ないものがあり、被告人と被害者との間に示談が成立していること、被害者も被告人に対し現在厳罰を望んでいないことその他被害者の本件負傷が比較的軽微であつたこと、被告人には道路交通法違反の罪により罰金刑に四回処せられた以外他の犯罪の前科がないこと等肯認し得る被告人に有利な事情を十分斟酌しても、原判決の量刑はやむをえないものというべく、重きに過ぎるものとは思料されない。論旨は理由がない。

よつて刑訴法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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